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最高裁判所第二小法廷 昭和57年(行ツ)85号 判決 1985年6月21日

大阪府岸和田市土生町五五二番地

上告人

西村勲

右訴訟代理人弁護士

伊藤増一

古川清箕

米山龍人

大阪府岸和田市土生町二〇三一番地

被上告人

岸和田税務署長

岡田稔

右指定代理人

寺島健

右当事者間の大阪高等裁判所昭和五六年(行コ)第三一号所得税決定処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和五七年三月一一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人伊藤増一、同古川清箕、同米山龍人の上告理由第一について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二について

原審が適法に確定した事実関係の下においては、原告の本件各係争年分の確定申告書の不提出につき所得税法六四条四項にいう「やむを得ない事情」があったとはいえないとした原審の判断は、正当とし是認することができる。論旨は、ひっきょう、原審の認定にそわない事実を前提として原判決を非難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧圭次 裁判官 大橋進 裁判官 島谷六郎)

(昭和五七年(行ツ)第八五号 上告人 西村勲)

上告代理人伊藤増一、同古川清箕、同米山龍人の上告理由

第一、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則違背がある。

一、原判決は、本件各土地の第一回売却に先立ち、第二回目に、訴外西村剛明(以下単に訴外剛明という)が、被上告人税務署を訪れた際の質問につき、「但し、右質問当時、右譲渡と債務履行の完了時期については、剛明自身、見通しを立てておらず」だから「右質問も、右各完了時期が、昭和五二年以降にずれ込む可能性を明らかにしたものではなかった」との事実を認定している。が、この事実認定は、経験則に違反している。上告人が、保証債務の弁済に充てるため売却した土地は、次表の通りである。

<省略>

<省略>

即ち、売却された土地は九筆、面積の合計が一、〇〇七平方メートルにも及び、常識的にみても、とても一年間で売却を完了できる様な数量ではなかったのである。訴外剛明も、売却完了までの数年を要するとの見通しをもっており、従って、当然、売却完了時期について明確な日時を設定することは、売却開始直前においては不可能だったのである。

かかる事実から、合理的に導き出されるのは、「質問も、右各完了時期が、昭和五二年以降にずれ込む可能性を明らかにしたものではなかった」との事実ではなく、逆に、質問の内容、態度等より本件土地の売却完了までに数年を要する可能性が明確なものであったとの事実である。

訴外剛明は、原審において、裁判官の問に対して、「二回目に相談に行ったとき、土地を売却するについては、年度を異にして分筆したり売り出したりするのだと、係の松本さんに話はしました」と、証言しているのである。

又、原判決が認定している様に、訴外剛明は、被上告人の担当職員に対して、問い合せの際、複数回の分割売却である旨を明確にしており、このことからも、質問が、売却完了までに数年を要するとの趣旨を明らかにしたものであったと認定する方が、経験則に合致するものと思われる。

二、原判決は、「土地売却の目的が、通常、緊急を要する債務履行の源資獲得にあったこと、剛明の前記質問内容及びその質問時期が、昭和五一年三月一五日以前であったことに照らせば、担当職員の右教示は、土地譲渡と保証債務の履行が、同年中に完了することを当然の前提としたものであった」と認定している。

しかしながら、「土地売却の目的が、通常、緊急を要する債務履行の源資獲得にある」との事実を前提に、かような事実を認定することはおかしい。一般にでなく、本件において、債務履行の源資獲得が緊急を要するものであったかどうかが正に問題なのであり、本件においては、上告人は、訴外協会と債務履行について折衝中であり、その結果成立した示談(昭和五一年七月一六日付)内容からしても(甲第六号証)、一年以内に、債務の履行を完了しなければならないものではなかったのである。

又、訴外剛明の質問時期が昭和五一年三月一五日以前であったことは、何ら、担当職員の教示が、土地譲渡と保証債務の履行が同年中に完了することを当然の前提としたものと結論づける根拠にはならない。

三、原判決は、「剛明が、右教示の内容を、土地譲渡と保証債務の履行が何年にわたろうとも、最終的に確定申告書を提出すればよいとの趣旨と解したことが認められる」と認定しながらも、一方、そのことを訴外剛明の誤解であるとし、その原因は、訴外剛明らの質問内容にあるとしている。

しかしながら、前記一、二の事情よりするならば、訴外剛明は、本件土地の売却が数年にわたることを明らかにしつつ、問い合せをなしたとみるべきであり、訴外剛明は、誤解したのではなく、逆に、本件土地の売却が何年にわたろうとも、最終的に確定申告書を提出すれば足りると解したことには合理的根拠があったというべきである。

又、訴外剛明の質問内容から、本件土地の売却が数年にもわたり得るとの認識を被上告人の担当職員は得たか、あるいは、少くとも持ち得たはずであって、とするならば、原判決が、「被控訴人部下職員の誤った教示ということは相当でない」と認定したことは、経験則に反し相当でない。

四、原判決は、「被控訴人が発送した文書において、控訴人の当該年度の譲渡所得についての確定申告を促しているのであるから、控訴人は、これを機に、同職員の教示についての認識と異なるとして、再度その確認、連絡等の挙に出ることも可能であったとみられるにもかかわらず、その誤解に基づく教示が右文書に優先するものと固執し、このためかかる修正の機会を放棄しているものというべく」と、認定している。

しかし、仮に、被上告人が発送した文書が上告人方に到達していたとしても、これらの文書は、上告人が既に原審において主張している様に、被上告人において、不動産登記簿等を調査し、当該年度に譲渡所得のあったと思われる人々に、特に個別的な事情を調査することなく、無差別に配布される性格のものであること、又、前記一、二、三で明らかにした如く、訴外剛明の理解が「誤解」でないこと等よりすれば、右認定は相当でないといわざるを得ない。訴外剛明の税務行政に関する理解や知識と、被上告人担当職員とのそれとには、非常に大きな格差が存在するのであり、このことを前提にすれば、上告人が自ら、申告につき修正の機会を放棄したと判断するのは妥当でない。

五、昭和五二年分申告について

原判決は、「昭和五二年九月二〇日付の無申告加算税賦課決定処分が出された後、訴外剛明が大中税理士に会った際、同人が、昭和五二年分について、所得税法第六四条第二項(以下単に法第六四条第二項という)の適用を受けるには、確定申告書の提出が必要であると教示した」旨認定している。

しかし、昭和五二年九月二〇日付無申告加算税賦課決定処分が、訴外剛明にとっては全く予想外のことであったため、被上告人担当職員の教示内容をもとに、その前後策につき大中税理士と協議したものであって、昭和五二年分につき申告せよと大中税理士は教示していない。税理士であれば、昭和五二年分の申告につき教示したのではないかとの推定も一面もっともかと思われるが、大中税理士は、昭和五一年分の申告に関する対策に忙殺され、昭和五二年分につき教示しなかったのである。この点は、訴外剛明の税務行政に関する理解度を考える時、大中税理士の過失ともいうべきものであって、その責を訴外剛明に帰すことはできない。

第二、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある。

一、原判決は、第一で述べた様に、経験則の誤れる適用によって誤った判断をなし、その判断を基に、法第六四条第四項所定の「やむを得ない事情」が存在しないとしている。

しかし、この解釈は不当である。第一、で述べた様に、経験則を合理的に適用すれば、次の様な事実を認めることができる。

1 訴外剛明は、本件土地の売却に先立ち、譲渡所得の申告に関して、問い合せのため二回被上告人方を訪れていること。

2 第一回目に訪れた際、保証債務履行のため土地を売却するが申告の必要があるかと、被上告人担当職員に尋ねたところ、担当職員は、売却代金による保証債務の履行が完了するまで、申告の必要はないと教示したこと。

3 本件土地の売却による譲渡所得が多額となるため、右一回目の教示によっても未だ不安を解消できなかった訴外剛明は、本件土地の売却開始直前、再度被上告人方を訪れ、応対した担当職員に対し、保証債務履行のため土地を複数回に分割して売却すること、売却完了までに数年を要する可能性があることを明らかにした上で、再度、申告の要否につき問い合せをなしたこと。

4 右3の問い合せに対し、被上告人担当職員は、本件土地の売却が数年にわたる可能性があることを認識したが、認識し得た状況において、再度、本件土地の売却が完了した時点において申告すればよい旨教示したこと。

5 訴外剛明は、右4の教示により、本件土地の売却が数年にわたろうとも、売却が完了した時点において申告すればよいとの確信を得、又、確信するにつき合理的理由があったこと。

6 従って、被上告人担当職員の教示に対する訴外剛明の理解ではなく、仮に、百歩譲って、担当職員が、主観的には一年ごとに申告すべきである旨教示するつもりであった(明示の表現がないことにつき当事者間に争いはない)としても、著しく不適切、不親切な教示であったこと。

7 昭和五一年分の申告に関し、被上告人が発送した申告を促す一般的文書よりも、具体的なケースにつき具体的に担当職員がなした教示を、訴外剛明が、優先させて信じたことは、無理からぬことであったこと。

8 昭和五二年分の申告につき、大中税理士が訴外剛明に、申告の必要ありとの教示をなした事実はないこと。

9 被上告人の昭和五三年二月一六日付異議決定書(甲第二〇号証)、同年四月七日付答弁書(甲第二一号証)においても、被上告人自ら、専ら実体的要件についてのみ述べ、法第六四条第三項所定の手続的要件については全く述べるところがないこと(この点については、当事者間に争いはない)。

二、右一、の事実に対して、被上告人担当税務職員の税務行政に関する知識と能力、一方、訴外剛明の同事項に関するそれとの著しい格差を前提として、法第六四条第四項を適用すれば、そこには、明らかに「やむを得ない事情」の存在が認められる。

以上

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